2019-08-22

人生は120%遊びだ

この投稿は2017.1.17のリライトです。

あなたの人生を単語で表現するとしたら、それは何ですか?とどこかの本に書いてあったので、やったことがある。わたしの場合は次のようなものがあがった(実際はもっとあったのですが)。

  • アート
  • ドラマ
  • 笑い
  • 変化しつづけること
  • 探求
  • 学び
  • 遊び

etc..

やはりしっくり来るのは「遊び」だ。人生なんて、本当になにが起きるかわからない。叩きのめされて絶望的なこともあるだろうし、逆に幸福の極みのときもあるだろう。でも、どちらも永遠にその状態であることはない。

お天気のように日々変わるのだ。
人生はお天気のようなものだ。

たとえば、楽しい野外でのイベント当日。残念ながら暴風大雨の荒れた天気。こればっかりはどうしようもない。自分のせいでもない。中止かはたまた行き先を変えるか。

どちらにしても、その決断を信頼すれば、それは後にかけがえのない体験となって自分の財産になる。次回リベンジの楽しみもできるし。ただ、おてんとさまに文句を言って、いつまでも残念がっていたならば、それこそ残念だ。

自分の中の着地点をみつける

要は、好ましくないことが起きた時に、どうそれを自分の中で「よしよし」に昇華させられるか。

わたしの場合は、普段から日々に100%を求めない。マイナスのときもあれば、120%のときだってある。

それをならして、自分の着地点に落ち着かせればよいのだ。

どん底と思えるときは、そこにどっぷり浸かるしかない。下手にもがいてしまうと、さらにどつぼにハマる。面白いもので、海で大波にのまれたときと同じだ。

なかなか難しいけれど、下手に動こうとせずその波に逆らわなことが一番大事だ。状況を外側から眺めるつもりで静観しよう。そして、そろそろ大波が収まってきたときにいち早く海面に顔をだす。

とにかく、「時」を逃さないことだ。それには、普段から何かのメッセージにいち早く気づくようにすることだ。わたしの場合は、それが小さなケガだったり、忘れ物だったりする。

注意力が散漫になっているということだから。

先日も、ある案件を進めるかどうかでいろいろと動いていた。でも、自分でも驚いたのだけれど、自転車でありえないコケ方をした。幸い大きなケガにはならなかったけれど、その事故から受け取ったのは「スピード注意、一旦止まれ」ということだった。

なので、残念ながらその案件は見送ることにした。結果として、すごく気が楽になって、他の集中すべきことにフォーカスできることがわかった。

誰もケガや病気はしたくない。でも、人生の中では多かれ少なかれ経験することだ。なのであまり怖れるより、その経験をどう自分の中で消化吸収できるかなのだと思う。

だから、転んでも良い。そのときにただ起き上がるのではなく、目の前の食べられる草を見つけてからにしましょう。笑

時間の質は人によって違う

それにね、年を取ってくれば、「同じ時間」の実質の長さも質も変わる。

どんどん濃くなる分、どんどん短くなる。

一年なんてあっという間に過ぎていく。あっという間が一年だったら、くしゃみしている間に棺桶ですよ!?

だったら、いつまでも同じところにとどまっていないで、わたしは次に進む。

転んでもいい。しばし痛い思いを味わって、目の前の草を見つけてまた進む。

いろんな人と出会って、いろんな体験をして、日々を120%遊びつくす。
それが、わたしにとっての人生なのだ。

関連記事